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マホトといえば日本のYouTuberの中ではトップレベルの知名度を誇り、特に女子中高生で知らない人は殆どいないだろう。

そんなマホトはニコニコ動画出身で、昔サシスタという名前で活動していたのをご存知だろうか?彼は高校を中退してまで動画投稿を行い、今の知名度になたが、間違いなく0からのスタートでコネ無しで這い上がってきた、凄腕のYouTuberだ。

そんなマホトの大物になるまでの経緯について語ろう。

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マホトのニコニコ動画時代

マホトは2007年末に罰ゲームということでサシマンという名前でニコニコ動画に動画を初投稿。当時はニコニコ動画の日記タグで、山下威豆三という人物が流行っており、その動画の内容を参考に投稿していた。

動画の中身はいわゆる「キレ芸」で、ゆとり世代の子供がカメラの前で不自然にキレまくってるのと、コメントでの空耳が話題を呼び(シェイコラなど)、一気に人気に火が付いた。

当時は山下伊豆見、サシマン、杉崎竜壱らが流行っており、いずれもルックスがそこそこ良かったのもあって女性ファンを次第に増やしていくことになる。

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特に山下とサシマンは、一つ違いだがリアルでも仲がよく、一緒にコラボ動画を配信していた。そしてサシマンは自身のホームページ「サシマンスタジオ」を作成し(当時のサイトはこちら)オフ会などで知り合った豆太郎やジョニーらなどを集い、徐々に勢力を増していくことになる。

一方、山下伊豆見とは敬遠の中になり、サシマンは当時YouTubeで一躍人気だったが「MEGWIN」に出会って、以降はYouTuberとして活動するようになる。ニコニコ動画よりもYouTuberが流行るという先見の明を見出していたなんて凄いな。
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高校中退をしてまでYouTubeに専念した



さらに「親から貰った名前で活動していきたい」という理由で、サシマンからマホトに名前変更。この頃から、「動画で生きていく」と決意し、高校を中退した…が、さすがに高校には行ったほうがいいと考えたのか、通信制に編入したようだ。

ちなみに、当時のマホトの高校は中野工業高校であると推測出来る。なんでかというとTwitterで先生のことを聞いてた時に名前が出ていたから


偏差値は38なので、マホトの言ってる通り怠けていたって言うのは本当だと思う。だって偏差値高い高校じゃ怠けられないからね。マホトの出身は大分県だけど、動画投稿していた辺りで東京に移住したようだね。まぁそこは親の仕事の関係だろうけど、結果として良かったんじゃないかね。

しかし、ここで動画で生きていく決意して中退するのも凄いな。普通のやつなら高校に行って大学に進学して就職することに専念するのに。そしてちゃんと有名になってるからマホト尊敬だわ。

徐々に人気を伸ばし、2013年頃から爆発的に人気急上昇。初期の頃から遊びでやっていたラップの実力も付け、ラッパーとして「カイワレハンマー」を設立

カイワレハンマーが活動休止の理由は肩の手術。復帰後は大丈夫?

さらに、ブランドリベルタスを立ち上げた。

マホトのブランド、リベルタスの意味はフリーメイソンか?

もうここまでくれば怖いものなしだろう。

継続は力なり。しかしマホトの影で失敗した人もいる

こうしてみると、本当に0から色んな人と関わって、行動しまくって継続した結果、今は120万人を超えるファンがマホトについてる。最初は馬鹿にされても我慢して継続することで報われるっていうのはあるんだね。

ただ、それは動画投稿者がまだ流行っていない時代にマホトが上手く目をつけて、参入した結果なので、まったく伸びしろのない市場に参入するのはどうかと思うね。マホトの影で山下伊豆見(現山下威豆三)は、途中で動画を削除したり方向性をミュージシャンにシフトした結果、今は変人扱いされてるし、(安倍一輝

杉崎竜壱もYouTuberとしては登録者2万人程度に収まってる。(sugisakiryuuichi

成功している奴はがむしゃらに行動してるんじゃなくて、ちゃんと今後のことを考えて行動してるんだな。マホトはニコニコ動画で人気出してからその後の展開の広げ方が上手かった

。あとやっぱり、MEGWINに会って戦略を聞いたのと、高校中退してリスク背負った結果、動画で絶対成功するって気持ちが強くなったのもあるんだろうね。
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